
14日に行った弟の引っ越し先で、弟からいくつか文庫を借りて来た。
オススメされた「今夜、すべてのバーで/中島らも」を帰りの電車から読み始めた。
中島らも氏の小説も、私の中の「いい加減読まないと」の中にリストアップしてあったので、いつもは割に新しい本は敬遠するのだけど、すんなり読めた。
新しい本を敬遠する理由は、以前ひとから借りたり、自分で「たまには読書しなくちゃ」と自分の好みもよく知らず買ってしまったりした本がことごとくハズレだったから。
そんなわけで、比較的新しい本を読むのは久しぶりでした。
しかも、これ、かなり面白かった!!
世間に乗り遅れ、今さらながらの中島らもデニュー あ、デニューって打っちゃった、でもほんともーデニューでいいくらいなもんですよ。
恥ずかしいよ。なんだか恥ずかしい。初めての中野の駅前で「中野ブロードウェイってどこ?」と携帯で聞いたときくらい恥ずかしい。(きっと周囲の人は100%熟知してることだから)
今ここで、こんな的外れな時期になって「今夜、すべてのバーで」良かったよ!読んでみて!なんて、なんかやっぱり恥ずかしい。
でも良かった。
良過ぎて、他の作品読んで、イメージが変わったらツマラナイから、他の作品を読みたくないくらい。
なんというか、文章全体から底はかとなくどこか悲しさが滲みでていた。
しかも主人公は、私が思っている普通の人象だった。太宰治の「人間失格」の主人公は少し行き過ぎなかんじもあるけどギリギリ普通の人と思っていたけども、より一層普通の人。なんだか姿も想像しやすくて、眼鏡のことが一切書かれていないうちから「眼鏡掛けてそう」と思えたくらい。作者が味わった感情を端々にそのまま書いたってくらい、大袈裟な描写をせずとも底はかとない変な悲しさがあった。
ただ、データが多過ぎる部分もあった。
誰か「良い本は、知識が増やせる本だ」とかナンとか言ってる人がいたけども、ここまで資料を読み手に叩き込まなくとも!というほどにありとあらゆる調べ物の成果を読まされた。結構他の書籍からの抜粋が多い。書かなきゃいけない感想文の、文字数を稼ぐ為に本から抜粋して原稿用紙埋めたことを思い出させられた。(もちろん夏休みの宿題)
読んでる途中で主人公に「オマエ、そんなに重度のアル中じゃないだろ!?」とツッコミたくなるほどだ。主人公のアル中部分に共感する人もいるだろうけども、私はとりあえずそこではない部分にモーレツに惹かれたため、アル中の資料を読ませられてるときは教科書読んでるときみたいにグッタリしていた。ほんとにアル中の話が多い。(当たり前?)
やっぱり現代の文章のせいか、読んでて言葉に明るさを感じられる。
そのせいで「明るい版"人間失格"」みたいだった、と思った。
作者の正確が出てるのかもしれない。