
いかりや長介亡くなっちゃいましたね。あえていつも通り呼び捨てにさせてもらいます。
なんだか大きな存在がなくなってしまった。
ドリフかぁ。
正直、「8時だヨ!全員集合」と「ドリフの大爆笑」の区別がついてないお年頃の私。
あまりテレビのタイトルや出演者を覚えずにいつも見てたせい。
ウチはおじいちゃん、おばあちゃんがお笑い好きだったので、おじい&おばあっ子の私はテレビ権なくとも見たい番組を見られていました。このおじい&おばあの人生はかなりてんこもりで、語ると長くなるのであえて多くは語りませんが、色々あって埼玉の片田舎にお店を営んでいました。
お店の名前は「ながしま商店」。「8時だヨ!…」が始まったのは69年らしいので、その頃の「ながしま商店」は駄菓子屋さんだったと思います。(私はまだ生まれてません)
写真はおそらく74年頃のもの。「8時だヨ!…」は開始5年程ですね。真ん中でつったってるのはイトコです。(私はまだ生まれてません)
私の実家「ながしま商店」の近所には産業文化会館があり、市内で一番大勢の人を収容できるホールでした。そこでは当時、あの「8時だヨ!…」の収録が度々行われていたんです!!
東京から行けない距離でもないこの場所、ホールのレンタル料が安かったことが理由らしいです。
そんなわけで近所のひとたちは収録を観に行くこともあったそうで、今考えるとかなり羨ましい限り。ただその頃私が生まれていなかったり、生まれてても幼すぎて連れて行ってもらえなかったというのが悔しい。
「近所にドリフが来ていた!」
ながしま商店はそれだけでは終わりません。
どーも、小さい頃からおばあの口から長さん話がよく出て来たのです。
小さい頃それはおばあの麗しい唇がなんだかヒトより分厚く見えたから「たらこ唇=いかりや長介」というお約束ネタだと思ってました。でも単にそれだけじゃなかったようです。
そうなんです。来てました。いかりや長介、ながしま商店に来ていたんです!ある意味、長さん同士が接触したということに!(たらこ唇ってことで…)
長さんのお買い物品は「おべんとう」。
ながしま商店は駄菓子やだと先に書きましたが、コンビニもない当時、なんだか色々な物を取り揃えていたんです。お弁当っていっても助六弁当のような、ちょっとした弁当しか置いてなかったそうで、長さんは収録の合間にマネージャーと思われる人とふたりで買いにきたそうです。
「長さんがウチに来ていた!」
全くもって驚きです。しかも、それをおじい&おばあは生前、孫に言うのを忘れておりました。
この話はおじい&おばあの次男(つまり私の叔父)に聞いたもの。初めて知ったときはかなりの衝撃が走りましたよ。
ああ長さん。
お弁当おいしかったかしら?